「北鎌フランス語講座」の作者による、葉書の文面で読みとくフランスの第一次世界大戦。

ベルギー国歌ラ・ブラバンソンヌの日本語訳 Traduction japonaise de la Brabançonne

ベルギー国歌「ラ・ブラバンソンヌ」仏語版の歌詞と日本語訳

 フランス国歌「ラ・マルセイエーズ」に対し、ベルギー国歌は「ラ・ブラバンソンヌ」La Brabançonne と呼ばれる。

  • 「ブラバンソンヌ」とは「ブラバント地方の(歌)」という意味(名詞「歌」の省略)。ただし、オランダ語でもドイツ語でも英語でも、(定冠詞 La を自国語に置きかえたうえで)Brabançonne というフランス語はそのままの形で使われ、この語は一種の固有名詞(外来語)と受け止められているので、日本語でも「(ラ・)ブラバンソンヌ」と呼ぶべきであり、「ブラバントの歌」と「訳す」のはおかしい(ラ・マルセイエーズを「マルセイユの歌」と「訳」したりしないのと同様)。

 ラ・ブラバンソンヌは、1830年のベルギー独立革命のときに作られて以来、何度か作り変えられ、1860年に現代と同じ形になった。第一次世界大戦中も盛んに歌われた。
 19世紀まではフランス語だけが唯一ベルギーの公用語だったこともあり、歌詞はもともとフランス語で書かれた。ドイツ語版とオランダ語版は、メロディーに乗せやすいように比較的自由にフランス語から訳されたものである。

 歌詞の中で最も印象的なのは、最後で繰り返される「王、法、自由!」Le Roi, la Loi, la Liberté ! というフレーズで、ベルギーは王政でありながら恣意的な独裁ではないことを示すかのように、「王」と並んで「法」と「自由」という理念が謳われている。また、歌詞に出てくる「一体性」unité という言葉は、言語が 3 つに分かれ、宗教的にもカトリックとプロテスタントに分かれていたベルギーでは、国家としてのまとまりが重要な課題であったことと関係がある。
 なお、歌詞の中では「王、法、自由」がベルギーの「永遠のモットー」であるとされているが、正式には、国家としての一体感という観点から「団結は力なり」L'union fait la force. がベルギーの「国家のモットー」だとされている(ちなみにフランスの「国家のモットー」は有名な「自由、平等、博愛」Liberté, Égalité, Fraternité)。

 以下に「ラ・ブラバンソンヌ」のフランス語原文の歌詞と日本語訳を掲載する。

⇒ 公式バージョンの歌詞と日本語訳
⇒ 現在の実際の歌われ方
⇒ 1860年バージョンの歌詞と日本語訳
⇒ 第一次世界大戦中の歌われ方
⇒ 「何世紀にもわたる隷属ののち...」を含む現代の歌


公式バージョンの歌詞と日本語訳

 ベルギーは多民族国家なので、国歌の歌詞もフランス語、オランダ語、ドイツ語の 3 つのバージョンが存在し、また時代とともに歌詞が変化しており、現在にいたるまで決定版が確定されていない。しかし、とりあえず次に掲げるフランス語の歌詞が公式のものとされている(参考:portail Belgium.be : Hymnes
 この歌詞は、1860年バージョンの歌詞(下記)の4番と同じである。

 歌の中では、女性名詞のベルギー Belgique を擬人化して「母」にたとえた上で、あたかもこの「母」が目の前にいるかのように、「母」に呼びかける形をとっている。

ラ・ブラバンソンヌ
(公式バージョン)

日本語訳:大橋 尚泰

O Belgique, ô mère chérie,
A toi nos cœurs, à toi nos bras,
A toi notre sang, ô Patrie !
Nous le jurons tous, tu vivras !
Tu vivras toujours grande et belle
Et ton invincible unité
Aura pour devise immortelle :
Le Roi, la Loi, la Liberté !
Le Roi, la Loi, la Liberté !
Le Roi, la Loi, la Liberté !

おおベルギーよ、おお、いとしい母よ、
そなたに我らが心、我らが腕、
我らが血を捧げよう おお祖国よ!
我らは皆断言する、そなたは生きるのだ!
いつまでも偉大に美しく生きるのだ
そしてそなたの不屈の一体性は
この言葉を永遠のモットーとするのだ、
王、法、自由!
王、法、自由!
王、法、自由!



現在の実際の歌われ方

 上の形が公式とされているが、実際には出だしの O(おお)は Noble(高貴な)に置き換えられ、また最後の「この言葉を永遠のモットーとするのだ、/王、法、自由!」の部分は 1 回多く繰り返されることが多い。
 つまり、次の形が一番よく耳にされる。

ラ・ブラバンソンヌ
(現在もっともよく歌われる形)

日本語訳:大橋 尚泰

Noble Belgique, ô mère chérie,
A toi nos cœurs, à toi nos bras,
A toi notre sang, ô Patrie !
Nous le jurons tous, tu vivras !
Tu vivras toujours grande et belle
Et ton invincible unité
Aura pour devise immortelle :
Le Roi, la Loi, la Liberté !
Aura pour devise immortelle :
Le Roi, la Loi, la Liberté !
Le Roi, la Loi, la Liberté !
Le Roi, la Loi, la Liberté !

高貴なベルギーよ、おお、いとしい母よ、
そなたに我らが心、我らが腕、
我らが血を捧げよう おお祖国よ!
我らは皆断言する、そなたは生きるのだ!
いつまでも偉大に美しく生きるのだ
そしてそなたの不屈の一体性は
この言葉を永遠のモットーとするのだ、
王、法、自由!
この言葉を永遠のモットーとするのだ、
王、法、自由!
王、法、自由!
王、法、自由!

 ⇒ この部分のカタカナ発音

YouTube での例:
https://www.youtube.com/watch?v=B442W-nIstw
フランス語→ドイツ語→オランダ語の順で同内容の歌詞が歌われている。
歌:Helmut Lotti

https://www.youtube.com/watch?v=cr2_TtPZdxg
同。2007年11月15日のベルギー「国王の祝日」に前国王アルベール2世(在位1993~2013年)をはじめとする王室の面前で歌唱。演奏が始まると全員起立している。
歌:Helmut Lotti

https://www.youtube.com/watch?v=ZGYaWgvU380
オランダ語→フランス語の順。出だしは O Belgique と歌っている。
歌:Léon-Bernard Giot(フランス語の発音は多少難あり)

https://www.youtube.com/watch?v=hv10DweRm3g
コレージュ・サン=ピエール少年合唱団(ブリュッセル)

https://www.youtube.com/watch?v=OoE8skonLL8
リエージュの聖パウロ大聖堂で、2012年11月15日

https://www.youtube.com/watch?v=_azdV-EaMnE
2012年のサッカーの試合前、ブリュッセルにて。

https://www.youtube.com/watch?v=mIW5MzdQWtc
2013年のサッカーの試合前、ブリュッセルにて。

https://www.youtube.com/watch?v=LiEapagAbAY
2013年11月15日の「国王の祝日」にベルギー国会にて。ジャズの演奏で国会議員たちが面喰らっている。
歌:Beverly Jo Scott

https://www.youtube.com/watch?v=yWJjI2cRlBc
インストルメンタル。ベルギー国境に近い街バゼイユ Bazeilles でのセレモニー。「死者に捧ぐ曲」→「ラ・ブラバンソンヌ」→「ラ・マルセイエーズ」の順。

https://www.youtube.com/watch?v=1XYLVkkmf68
チェロ(演奏:Sébastien Walnier)。「欧州の歌」(=ベートーヴェン交響曲第九番)→「ラ・ブラバンソンヌ」の順。2011年11月15日の「国王の祝日」にベルギー国会にて。「欧州の歌」も国歌に準じる扱いなので、演奏直前に全員起立している。

https://www.youtube.com/watch?v=l-1kL80zzKY
インストルメンタル(ディキシーランド ジャズ)



1860年バージョンの歌詞と日本語訳

 ベルギー国歌は1830年にベルギーがオランダから独立する際に作られた。当初、何度か作り直されてできた歌詞は、オランダとの対決色が鮮明なものだったが、1860年になると歌詞が全面的に作り替えられ、宥和色の強いものとなった。

 この1860年バージョンは4番まで歌詞があるが、このうちの4番の歌詞が1921年8月の内務大臣通達によってベルギー国歌の公式の歌詞に認定され、現在に至っている。
 1860年以降は大きな歌詞の改変は行われていないので、この「1860年バージョン」を「現行バージョン(最新バージョン)」と呼ぶこともできる。

 以下に、当時の複数の記録をもとに、4番すべての歌詞を転記し、日本語訳を掲げておく(行末のコンマ、ピリオド、コロン等は記録によって異同があるが、妥当・無難と思われる形にした)。

ラ・ブラバンソンヌ
(1860年バージョン)

日本語訳:大橋 尚泰

1 番

Après des siècles d'esclavage,
Le Belge sortant du tombeau
A reconquis par son courage
Son nom, ses droits et son drapeau.
Et ta main souveraine et fière,
Peuple désormais indompté,
Grava sur ta vieille bannière :
"Le Roi, la Loi, la Liberté"

何世紀にもわたる隷属ののち
ベルギー人は墓場から抜け出し
勇気によって取り戻したのだ、
その名を、その権利を、その旗を。
そしてそなたの至高の誇り高き手は
今や屈することのない民族よ、
そなたの古くからの幟(のぼり)にこう刻んだのだ、
「王、法、自由!」

2 番

Marche de ton pas énergique,
Marche de progrès en progrès ;
Dieu qui protège la Belgique,
Sourit à tes mâles succès.
Travaillons, notre labeur donne
À nos champs la fécondité !
Et la splendeur des arts couronne
Le Roi, la Loi, la Liberté !

力強い足どりで歩め、
進歩に進歩を重ねて歩め、
ベルギーを守護する神は
そなたの雄々しい成功にほほ笑むぞ。
働こう、我らが労苦は
畑に豊饒をもたらすのだから。
そして技芸の輝きが栄冠を授けるのだ、
王、法、自由に!

3 番

Ouvrons nos rangs à d'anciens frères,
De nous trop longtemps désunis.
Belges, Bataves, plus de guerres ;
Les peuples libres sont amis.
À jamais resserrons ensemble
Les liens de fraternité,
Et qu'un même cri nous rassemble :
Le Roi, la Loi, la Liberté !

我らが陣営に迎えようではないか、
あまりにも長いあいだ不和になっていた昔の兄弟を。
ベルギー人よ、オランダ人よ、もう戦争はやめだ、
自由な民族は仲間なのだ。
いつまでも一緒になって深めよう、
博愛という絆を。
そして同じ次の叫びが我々を一つにせんことを。
王、法、自由!

4 番

O Belgique ! ô mère chérie,
A toi nos cœurs, à toi nos bras,
A toi notre sang, ô Patrie !
Nous le jurons tous, tu vivras !
Tu vivras toujours grande et belle
Et ton invincible unité
Aura pour devise immortelle :
Le Roi, la Loi, la Liberté

おおベルギーよ、おお、いとしい母よ、
そなたに我らが心、我らが腕、
我らが血を捧げよう おお祖国よ!
我らは皆断言する、そなたは生きるのだ!
いつまでも偉大に美しく生きるのだ
そしてそなたの不屈の一体性は
この言葉を永遠のモットーとするのだ、
王、法、自由!



 この1860年バージョンの1番~4番の歌詞は、第一次世界大戦が始まった1914年にパリで刊行された小冊子『同盟国の国歌と軍歌』でも、ベルギー国歌として同じ形で掲載されている。著作権は切れているので、以下に転載しておく。

1914年のベルギー国歌

1914年のベルギー国歌

第一次世界大戦中の歌われ方

 第一次大戦当時は、1860年バージョンの1番(「何世紀にもわたる隷属ののち...」)と4番(「おおベルギーよ、おお、いとしい母よ...」)がもっとも広く歌われたのではないかと思われる。
 1915年8月5日の葉書でもその通りに書かれているし、第一次世界大戦からそれほど遠くない頃に録音されたと思われる以下のレコードでも1番と4番のみが歌われている。

Gallica
http://gallica.bnf.fr/ark:/12148/bpt6k1311072z/f2.media
Jean Noté (1858-1922、パリ・オペラ座バリトン歌手)

YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=tE-CxTJ3aOA
年代は未詳だが、歌い方からして20世紀前半だと思われる。
なお、1番の歌詞の Peuple désormais は Désormais peuple と歌われ、vieille bannière は noble bannière と歌われている。



参考までに、第一次世界大戦当時の絵葉書を掲げておく。

次の2枚の葉書には1番の歌詞のみが書かれている(ただし、上に記載したものとは若干字句が異なっている)。

ベルギー国歌



ベルギー国歌



次の葉書には1番、2番、4番の歌詞が書かれており、3番の歌詞がない。

ベルギー国歌

3番の歌詞は全体的に平和主義的な内容で、そこに含まれる「ベルギー人よ、オランダ人よ、もう戦争はやめだ」などという言葉が戦争中にはふさわしくないと判断されたからではないだろうか。



「何世紀にもわたる隷属ののち...」を含む現代の歌

 1860年バージョンの1番の歌詞(「何世紀にもわたる隷属ののち...」)を含むもので、インターネット上で聴くことができる現代の歌手 Helmut Lotti による歌を、歌われている通りに転記し、日本語訳を掲げておく。

YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=rqdJE5losaM
歌:Helmut Lotti
4番→1番→4番の変形、の順で歌われている。
4番の「おおベルギーよ」は「高貴なベルギーよ」と歌われ、1番の「何世紀にもわたる」は「何世紀にも何世紀にもわたる」と歌われている。

ラ・ブラバンソンヌ
(歌:Helmut Lotti)

日本語訳:大橋 尚泰

Noble Belgique ! ô mère chérie,
A toi nos cœurs, à toi nos bras,
A toi notre sang, ô Patrie !
Nous le jurons tous, tu vivras !
Tu vivras toujours grande et belle
Et ton invincible unité
Aura pour devise immortelle :
Le Roi, la Loi, la Liberté
Aura pour devise immortelle :
Le Roi, la Loi, la Liberté !
Le Roi, la Loi, la Liberté !
Le Roi, la Loi, la Liberté !

高貴なるベルギーよ、おお、いとしい母よ、
そなたに我らが心、我らが腕、
我らが血を捧げよう おお祖国よ!
我らは皆断言する、そなたは生きるのだ!
いつまでも偉大に美しく生きるのだ
そしてそなたの不屈の一体性は
この言葉を永遠のモットーとするのだ、
王、法、自由!
この言葉を永遠のモットーとするのだ、
王、法、自由!
王、法、自由!
王、法、自由!

Après des siècles, des siècles d'esclavage,
Le Belge sortant du tombeau
A reconquis par son courage
Son nom, ses droits et son drapeau.
Et ta main souveraine et fière,
Peuple désormais indompté,
Grava sur ta vieille bannière :
"Le Roi, la Loi, la Liberté"
Grava sur ta vieille bannière :
"Le Roi, la Loi, la Liberté"
"Le Roi, la Loi, la Liberté"
"Le Roi, la Loi, la Liberté"

何世紀にも何世紀にもわたる隷属ののち
ベルギー人は墓場から抜け出し
勇気によって取り戻したのだ、
その名を、その権利を、その旗を。
そしてそなたの至高の誇り高き手は
今や屈することのない民族よ、
そなたの古くからの幟(のぼり)にこう刻んだのだ、
「王、法、自由!」
そなたの古くからの幟(のぼり)にこう刻んだのだ、
「王、法、自由!」
「王、法、自由!」
「王、法、自由!」

Noble Belgique ! ô mère chérie,
A toi nos cœurs, à toi nos bras,
A toi notre sang, ô Patrie !
Nous le jurons tous, tu vivras !
Tu vivras toujours fière et belle
Plus grande dans ta forte unité
Gardons pour devise éternelle :
Le Roi, la Loi, la Liberté
Gardons pour devise éternelle :
Le Roi, la Loi, la Liberté !
Le Roi, la Loi, la Liberté !
Le Roi, la Loi, la Liberté !

高貴なるベルギーよ、おお、いとしい母よ、
そなたに我らが心、我らが腕、
我らが血を捧げよう おお祖国よ!
我らは皆断言する、そなたは生きるのだ!
いつまでも誇り高く美しく生きるのだ
力強い一体性をもっていっそう偉大に
この言葉を永遠のモットーとして守っていこう、
王、法、自由!
この言葉を永遠のモットーとして守っていこう、
王、法、自由!
王、法、自由!
王、法、自由!





フランス国歌ラ・マルセイエーズ
1915年8月5日の葉書
























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